個人再生における給与所得者等再生のメリットとデメリット
裁判所を利用して借金を大幅に減額できる債務整理手続が「個人再生手続」です。
その中でも、「給与所得者等再生」は、債権者が強硬姿勢をとっている場合(個人再生について債権者が積極的に反対に回りそうな場合)に、例外的に用いられる個人再生手続になります。
ここでは、給与所得者等再生のメリットとデメリットを説明します。
このコラムの目次
1.個人再生の小規模個人再生手続きと給与所得者再生手続き
まず、個人再生手続には、小規模個人再生手続と給与所得者再生手続の2つがあります。
もちろん、個人再生に関する基本的な原則などは、どちらの手続きにも当てはまります。
しかし、この2つの手続には、次のような大きな違いがあります。
まず、小規模個人再生手続は、利用が認められやすく返済負担も減らしやすいため、一般的に用いられますが、債権者に反対されて失敗してしまう(債権者の意向次第で再生計画が否決されてしまう)リスクがあります。
他方、給与所得者等再生手続では、債権者の意向によって、再生計画が否決されるというリスクはありません。
その代わり、利用するためのハードルが高く、通常再生を含めた民事再生手続全体に共通する要件(支払不能の恐れ等)と、小規模個人再生の要件を満たしていることを前提に、給与所得者等再生固有の要件もプラスアルファで満たしていなければなりません。
また、給与所得者等再生では、小規模個人再生を利用した場合よりも、再生計画に基づく返済総額が大きくなってしまう可能性があります(逆に、制度上、小規模個人再生を利用した場合よりも返済総額が下がることは決してありません)。
では、実際に他の債務整理手続と給与所得者等再生手続のメリットとデメリットを比較しながら、給与所得者等再生手続について考えてみましょう。
(1) 給与所得者等再生のメリット
債権者に反対される恐れがない
小規模個人再生では、再生計画を裁判所に認可して貰うには、債務者が提出した再生計画案を、債権者の決議に付す必要があり、ここで、頭数の半数以上の債権者が反対した場合、若しくは、債権総額の過半数に相当する債権者の反対があった場合には、再生計画は不認可となります。
このように、債権者の反対によって再生が認められない可能性のある小規模個人再生に対して、給与所得者等再生では、債権者の決議が手続上省略されているため、債権者の意向により再生計画を不認可にすることは出来ず、債権者は、裁判所に意見を言うことしか出来ません。
(2) 給与所得者等再生のデメリット
収入の安定性が必要
小規模個人再生では、債務者が将来継続的に又は反復して収入を得る見込みがあること(収入の継続性)が要件とされています。
これに対し、給与所得者等再生では、継続した収入に加え、その収入が定期的で変動幅が小さい、つまり安定していること(収入の安定性)が要求されます。
従って、収入面で、小規模個人再生よりも利用のハードルが高くなり、例えば、自営業の売上や歩合給が収入源では、収入が継続的であっても不安定であるとみなされ、給与所得者等再生を利用できない恐れがあります。
より高額の収入が必要となる恐れがある
小規模個人再生手続では、(ア)最低弁済額か、(イ)清算価値のいずれか高い方が返済総額となります。
これに対し、給与所得者等再生では、上記(ア)及び(イ)に加え、(ウ)可処分所得2年分を比較して、3つの中で最も高い金額が返済総額とされます。
可処分所得2年分は、給与所得者等再生手続の場合にのみ追加される条件です。
可処分所得とは、簡単に言えば、債務者が自由に利用できるお金のことで、債務者の収入から、税金や、政令で定められた生活費などを引いて算出します。
そして、可処分所得の2年分は、一般的には、他の2つ(最低弁済額及び清算価値)よりも高額となることが多いため、給与所得者等再生では、再生計画上の返済総額が、小規模個人再生手続より大きくなる傾向があります。
将来の自己破産に支障が出る
再生計画の履行に失敗した場合、次に自己破産を検討することが一般的です。
しかし、給与所得者等再生の再生計画が認可されてから7年以内に自己破産手続を申立てると、それ自体が免責不許可事由となってしまいます。
認可決定後、再生計画通り3年で返済した場合は、後4年間は、制限がかかることになります。
ただし、免責不許可事由に該当していたとも、裁判所は裁量で免責を許可することが出来るので、破産申立をすべきか否かについては、事前に弁護士に相談してみるといいかもしれません。
他方、小規模個人再生では、このような規制はありませんので、小規模個人再生で再生計画が認可されてから7年以内に自己破産することになったとしても、そのこと自体が免責不許可事由として扱われることはありません。
このように、小規模個人再生と給与所得者等再生とを比較した場合、給与所得者等再生を利用することのメリットは、債権者の反対により不認可になるリスクがないことぐらいです。
逆に言えば、債権者の反対で不認可になるリスクが高くないのであれば、利用要件が厳しく、返済総額が上がるかもしれない給与所得者等再生を敢えて利用するメリットはありません。
そのため、裁判所の統計によると、実際に裁判所に申し立てられる個人再生事件の約9割程度の事件では、小規模個人再生手続が利用されているようです。
2.給与所得者等再生と任意整理との比較
次に、給与所得者等再生手続と任意整理を比べてみましょう。
(1) 給与所得者等再生のメリット
任意整理より借金を減らしやすい
給与所得者等再生は、任意整理手続よりも、借金を大幅に減額出来ることが殆どです。
利息しか削減出来ない任意整理とは異なり、給与所得者等再生では、元本も含めた借金全体が減額対象となるためです。
減額の幅も、最低弁済額だけで見た場合、概ね負債の5分の1~10分の1程度まで減額が可能となります。
債権者の意向が影響しない
給与所得者等再生は、個別の債権者との交渉が必要な任意整理と異なり、裁判所により強制的に行われる手続ですので、借金を減額する上で、債権者の意向の影響を直接受けることはありません。
たとえ債権者が反対の意見を出していたとしても、その意見に裁判所は拘束されず、裁判所が再生計画を認可した場合には、反対していた債権者も含めて、再生計画に従って債務が強制的に減額されます。
(2) 給与所得者等再生のデメリット
特定の債権者を手続から除外できない
給与所得者等再生を含む個人再生手続では、特定の債権者を手続から除外することは出来ません。債権者平等の原則に反してしまいかねないからです。
例えば、身近な人(知人・友人・親族・勤務先等)からの借金だからといって、その借金だけを給与所得者等再生の対象としないことは出来ませんし、保証人に迷惑を掛けたくないからと、保証人付きの債権者を手続から除外することも出来ません。
任意整理手続でも、債権者平等の原則は基本的に当てはまります。
しかし、任意整理手続は、裁判所が介入しない私的な債権者との交渉になるので、一部の例外を除いて、特定の債権者だけを整理の対象とすることが可能です。
返済額が任意整理よりも大きくなるリスクがある
先述の通り、給与所得者等再生では、最低弁済額、清算価値、2年分の可処分所得の3つのうち、最も大きな金額が再生計画上の返済総額となります。
再生計画上の返済総額が、最低弁済額以外を基準とする場合は、具体的なケースによっては、むしろ給与所得者等再生の方が任意整理よりも返済総額が大きくなってしまうリスクがないわけではありません。
ローンが残っている自動車を処分されてしまう
給与所得者等再生では、ローンが残った自動車は、契約上ローン会社に所有権留保がなされていると、通常は処分(引き揚げ)されてしまいます。
一方、任意整理の場合は、オートローン会社を任意整理の対象から除外すれば、もちろん自動車は手元に残すことができます。
官報へ掲載される
小規模個人再生を含む個人再生手続をすると、再生手続開始決定や再生計画の認可(不認可)決定の際に、官報に債務者の住所氏名が掲載されます。
ただし、一般の方は、自分で官報を購入して見ることは殆どないため、官報がきっかけで身近な人に発覚するという恐れは、現実的には少ないでしょう。
任意整理の場合は、官報に情報が掲載されることはありません。
3.給与所得者等再生と自己破産との比較
最後に、給与所得者等再生と自己破産について比較してみます。
(1) 給与所得者等再生のメリット
裁判所により財産を処分されることがない
自己破産手続と異なり、給与所得者等再生を含む個人再生手続では、裁判所により担保権の付いていない財産を処分される恐れがありません。
住宅ローン付のマイホームを維持できる
個人再生には、住宅資金特別条項という制度があり、住宅ローンを今まで通り支払い続けることでマイホームを手放すことなく債務整理をすることができます。
自己破産では、ほぼ間違いなくマイホームを手放すことになります。
自己破産手続が許されない事情があっても、個人再生手続が利用できる
自己破産手続には、浪費や偏頗弁済(特定の債権者のみを対象とした不公平な返済)など、「これに該当すれば借金の免除が受けられない」とされる、免責不許可事由という規定があります。
給与所得者等再生を含む個人再生手続では、そのような規定はありませんので、例えば、借入の原因が全て浪費であるからといって、そのこと自体が、再生計画の認可の判断や、手続の軽重の選択に、直接影響することはありません。
資格や職を失うリスクがない
自己破産手続では、他人の財産を預かる資格・職業、例えば、警備員や保険関連の資格について、破産手続中(破産開始決定から、免責許可決定が確定するまでの、概ね数か月間)制限がされてしまいます。
また、法人の役員の地位にある人が自己破産を申し立てると、破産手続開始の時点で、役員を一度退任する必要があります(その後、株主総会の決議で、改めて破産者を役員に選任することは可能です)。
これ対して、個人再生手続には、上記のような資格・職業の制限がありません。
(2) 給与所得者等再生のデメリット
返済すべき借金が残る
自己破産手続で免責が認められると、滞納した税金などごく一部の例外を除き、一切の借金全額を返済する必要が無くなります。
しかし、給与所得者等再生を含む個人再生では、減額されるとはいえ、手続後も返済すべき借金が残ることに変わりありません。減額された借金を長期分割払いできるようになるというだけです。
そして、万一、完済する前に再生計画の履行が破綻してしまうと、最悪、再生計画が取り消しになり、折角減額して貰った借金が復活してしまうリスクもあります。
将来収入が継続する見込みが必要
給与所得再生を含む個人再生手続では、将来収入が継続する見込みがあると裁判所に認めて貰えなければ、裁判所に手続を始めてすら貰えません。
これに対し、自己破産の場合には、手続費用さえ用意できれば、無収入であっても問題ありません。
整理できる借金に上限がある
給与所得者等再生を含む個人再生手続を利用するには、借金総額(住宅ローン等を除く)が5,000万円以下である必要があります。
これに対し、自己破産手続では、債務がどれだけあっても手続を利用することが出来ます(ただし、債務額の多寡が、破産事件を管財事件として処理するか否かの判断に影響する可能性はあります)。
再生計画の履行可能性の判断が厳しい
給与所得者等再生を含む個人再生手続では、裁判所が再生計画の履行可能性について精査した後、許可するかどうかを判断します。
前述の通り、給与所得者等再生では、小規模個人再生よりも返済額が高額になることが多く、その分、履行可能性の判断も厳しくなります。
これに対し、自己破産手続では、借金が全て無くなってしまうのですから、手続後の返済能力を問題にする必要はありません。
4.給与所得者等再生を成功させるには弁護士に相談を
給与所得者等再生は、債権者に反対される恐れがある債務者が、マイホームを維持したい、免責不許可事由があるため自己破産を回避したいといった場合に選択出来る債務整理手続です。
しかし、小規模個人再生に比べて、収入の安定性が必要とされ、また、返済額が増加するリスクもあります。
手続を適切に選択するには、弁護士のサポートが不可欠です。
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